Books だらり庵

面白かった本、訪ねた本屋さん、撮った写真なんかについてだらだら綴ります。ごゆっくり。

あなたの「撮っておきの1冊」を教えてください! ホントレート7撮目

皆さん、こんにちは。

今日もだらだらしてますか?

どうも、だらり庵 庵主のクロギタロウです。

 

「人生に寄り添う1冊を楽しむ人の様子を写真に残したい」

そんな想いと共にスタートした撮っておきの1冊「本とあなたのポートレート」、略して「ホントレート」

7回目となる今回は、フィルムカメラで素敵な写真を撮っている女性の教えてくれた1冊です。

ご自身が生きていくうえで、こんな女性になりたいのだという、そんな詩人の1冊を紹介してくださいました。

さてさて、どんな「撮っておきの1冊」なのか、早速教えてもらいましょう。

 

 

お話を伺った人

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おゆさん

1991年生まれ。岐阜県で生を受け、香川で育ち、現在は鹿児島県在住。大好きなグループのライブに行くことと、写真を撮ることが趣味。フィルムカメラをメインで使用しており、その味のある写真はブログ「omamori」で楽しむことができます。最近ではフォトウォークイベント「おゆさんぽ」を開催するなど、精力的に活動中。

oyusanpo.com

 

いつでもその言葉に会えるように

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ご実家にもあるそうです。

「私が彼女の言葉に初めて出会ったのは、教科書の中でした」とおゆさんが取り出したのは大きく『茨木のり子』と書かれた文庫本サイズの本でした。

装丁が極めてシンプルな佇まいなのは、「人と物」をコンセプトに無印良品が手がけるMUJI BOOKSの1冊だから。

随筆家・詩人・科学者・映画監督など様々なジャンルの分け隔てなく、自身のくらしを大切にした人々の考え方、姿、愛用品や言葉をまとめて1冊に仕上げるMUJI BOOKS。その第2弾「ことばを磨く」のうちのお一人が今回おゆさんが紹介してくれた「現代詩の長女」茨木のり子でした。

教科書に載っていた「わたしが一番きれいだったとき」が心に深く沁み入って以来の付き合いだというおゆさん。

今回持ってきてくださったMUJI BOOKSの1冊とは別に詩集をご実家にお持ちなのだそうです。

香川、愛媛、再び香川、そして鹿児島と何度も引越しをしてきたおゆさんは、自身の心に響いた言葉をいつでも目にすることができるようにと、MUJI BOOKSの1冊を迎え入れたのだといいます。

大事な言葉を手元に置いておきたくなる気持ち、分かります。

 

自分で決める、ということ

 

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谷川俊太郎撮影の写真も。

現代は情報過多の時代だとよく言われます。

何もせずとも、いえむしろ放っておいて欲しい時にさえ、容赦なく情報は僕たちの中に流れ込んできます。

そんな時代に自分に必要な情報を的確に取捨選択して生きることの、何と難しいことでしょう。

「うまく言葉にできないんですが……」と、あるページを開いたおゆさん。

彼女の指の先には「自分の感受性くらい」というタイトルの詩が。

茨木のり子作品の中でも特に名高い、代表作と言われることの多い1篇ですね。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」という非常に力強い締めくくりが印象的なこの詩を読むたびに「あ〜っ」とヘコんでいたというおゆさん。

あまりにストレートに「ばかものよ」を受け止めてしまい、「自分はダメな人間だなあ」と思い知らされていたのだそうです。

それでも、他の作品やエッセイに触れ、茨木のり子という人について知れば知るほどに、彼女に魅了されていったおゆさん。

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写真の真似をしてくれるお茶目なおゆさん。

エッセイの中に、茨木のり子が50歳からハングルの勉強を始めたことについて書かれたものがあるのだそうです。

50歳から外国語を学ぶなんて遅すぎると、多くの人がそう考えるでしょう。

いくつになっても挑戦するのに遅すぎるということはないという使い古された言説もありますが、これを実践するのは非常に難しいことです。

その挑戦を「自分の感受性くらい」にみなぎる力強さそのままの姿勢でやってのける茨木のり子に、いつしか1人の女性として憧れるようになったのだと、おゆさんは言います。

 

私は変わる。この本と、この言葉たちと。

現在お住まいの鹿児島県にたどり着くまでに、各地を転々としてきたおゆさん。

環境が変わり、周りの人も変わる中、いつしかおゆさん自身も少しずつ変わってゆきました。

20代前半の頃のように「自分の感受性くらい」を読んでも「あ〜っ」とはならなくなったのがその証拠。

目にしているテキストは同じなのに、彼女の中でいったい何が変わったのでしょうか。

「以前よりも余裕を持って読めるようになりました」

環境が変わり、周りの人との関係をゼロから作り直すたびに、おゆさんの視野は少しずつ広がっていったのではないでしょうか。

環境は自分で用意することはできません。

与えられた場で自分が心地よくいるためには、周りの状況を自分の感受性で整えてゆく作業が必須です。

転々とする間に、そういう力がおゆさんの内に宿ったのでしょう。

 

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短い言葉が深く沁みるのだそう。

元々は、これと決めたら突っ走ってしまうタイプだというおゆさん。

そんな彼女に、一旦ブレーキをかけてくれるのが茨木のり子の言葉だといいます。

無我夢中で猪突猛進している状況では、情報に対する感度も鈍り、自身のうちから湧き上がってくる言葉に気付かないことも多くなりがちなもの。

バチバチと滝のように打ち付けるノイズは、知らず知らずのうちに自分を疲弊させてしまいます。

そんな時に響いてくるあの言葉。

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

ダメな自分に対する諸刃の剣だった詩人の言葉は、いつしかおゆさんのとっておきの「お守り」になっていたのかもしれません。

 

撮影を終えて

元々写真は趣味だったというおゆさんが、本格的に撮り始めたのは鹿児島に移り住んでからなのだそうです。

写真はまさに「自分の感受性」が形になって現れるものです。

ファインダーを覗いて切り取った世界は、自分だけが見ていた世界。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」という言葉とともに生きてきたおゆさんが、写真を撮っているのはある種必然なのかもしれません。

彼女の感受性がどんな世界を見せてくれるのか、これからも楽しみです。

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素敵な女性になるためのお供の1冊です。

 

 

というわけで第7回目のホントレートはここまで。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

今後も素敵な人や本との出会いを期待して、バイバイ!

 

 

 

 

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